宇治拾遺物語

【現代語訳】小野篁、広才のこと/1分で分かるあらすじ

このページでは宇治拾遺物語【小野篁おののたかむら広才こうさいのこと】の現代語訳(口語訳)を載せていますが、学校で習う現代語訳と異なる場合がありますので、参考程度に見てください。

『小野篁、広才のこと』が1分で分かるあらすじ

嵯峨天皇のとき、内裏に立てられた札の「無悪善」の文字を読み解いた小野篁は、天皇から犯人に疑われたが、天皇の出した問題「子子子子子子子子子子子子」を読み解いて事なきを得たという話。




場人物

小野篁
小野篁
漢学・和歌・書道に優れていた。百人一首の「わたの原 八十島やそしまかけて ぎ出でぬと 人には告げよ 海人あまの釣り舟」の作者として知られている。
帝
嵯峨さが天皇。809年〜823年に在位。

原文と現代語訳(口語訳)

今は昔、小野篁おののたかむらといふ人おはしけり。

今となっては昔のこと、小野篁という人がおられた。

嵯峨さがみかどの御時に、内裏だいりに札をたてたりけるに、「無悪善」と書きたりけり。

嵯峨天皇の御代に、宮中に(誰かが)札を立ててあったが、(その札に)「無悪善」と書いてあった。

帝、篁に、「読め」と仰せられたりければ、「読みは読みさぶらひなん。されど、恐れにて候へば、え申し候はじ。」と奏しければ、

天皇が篁に、「読め」とお命じになったので、(篁は)「読むことは読みましょう。けれども恐れ多いことでございますから、申し上げることはできないでしょう」と奏上したところ、

「ただ申せ」と、たびたび仰せられければ、

(天皇は)「(それでも)とにかく申せ」と、たびたびおっしゃったので、

「『さがなくてよからん』と申して候ふぞ。されば、君をのろひ参らせて候ふなり」と申しければ、

「『さがなくてよからん(嵯峨天皇がいなければよいのに)』と申しておりますよ。それで、(この言葉は)君を呪い申し上げているのでございます」と申したところ、

「おのれ放ちては、たれか書かん」と仰せられければ、

(天皇は)「お前を除いては、誰が(そんなことを)書こうか(誰も書かない)」とおっしゃられたので、

「さればこそ、申し候はじとは申して候ひつれ」と申すに、

「だからこそ、(そう仰せられると存じて)申し上げることはできませんと申したのでございます」と申すと、

帝、「さて、何も書きたらんものは、読みてんや」と、仰せられければ、

天皇は、「さて、何でも書いてあるようなものは、読めるのか」とおっしゃられたので、

「何にても、読み候ひなん」と申しければ、片仮名のね文字を十二書かせて、たまひて、

(篁が)「何でも、読みましょう」と申したところ、(天皇は)片仮名のの文字を十二お書きになって、(篁に)差し上げて、

「読め」と仰せられければ、「ねこの子の子ねこ、ししの子の子じし」と読みたりければ、

「読め」とおっしゃったので(篁が)「猫の子の子猫、獅子ししの子の子獅子こじし」と読んだところ、

帝ほほゑませたまひて、事なくてやみにけり。

天皇は、微笑なさって、何のおとがめもなくてすんだのであった。